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札幌高等裁判所 昭和44年(う)196号 判決 1969年12月18日

主文

原判決を破棄する。

被告人松川を懲役一年および罰金七〇万円に、被告人大井を懲役一〇月に各処する。

被告人松川において右罰金を完納することができないときは金一、〇〇〇円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。

但し、被告人両名に対し本裁判確定の日からいずれも二年間右各懲役刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴の趣意は、札幌地方検察庁検察官検事中川一作成名義の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁の趣意は弁護人武田庄吉作成名義の答弁書記載のとおりであるから、これらをここに引用して次のとおり判断する。

論旨は要するに原判決の法律の解釈適用の誤を主張するにあり、その要旨は、原判決は本件公訴事実の外形的事実をほぼ認定しながら、預金等に係る不当契約の取締に関する法律第二条第一項所定の「特定の第三者と通じ」との要件に沿う個別的具体的な意思疏通があったとは認められないので同条項の導入預金を約した罪は成立しないとして無罪を言渡したが、右条項の「特定の第三者と通じ」とは、預金者において必ずしも融資を受けるべき特定の第三者の具体的認識まであることを要するものと解すべきではなく、預金者が当該預金債権を担保とすることなく金融機関から融資等を受ける特定の第三者の存在していることを知り且つ右預金者と右特定の第三者との間に共通の利害関係が存在すれば足りると解すべきであって、本件の場合、被告人両名は預金を依頼して来た小林正雄の説明により預金債権を担保とすることなくこれに見合う融資を受けるべき特定の第三者が存在してその第三者の出捐により銀行預金利子以外に特別の裏利ないし謝礼金が貰える仕組であることを知っていたことが明らかであるから、右条項にいう「特定の第三者と通じ」たというに充分であり、この点において原判決は判決に影響を及ぼすこと明らかな法律の解釈適用の誤を冒したもので破棄を免れないというのである。

よって、本件記録を精査するに、原審取調の証拠によると、被告人両名が予て知り合いの小林正雄から頼まれて昭和四一年八月から翌四二年八月までの間に小樽信用金庫札幌支店などに前後三回にわたり被告人松川もしくはその親族の名義で総額六五〇〇万円にのぼる定期預金などをしてその都度正規の預金利子以外の月二分ないし一〇日に一分の割合の裏利を受領したこと、右金融機関に対する預金の依頼は当時右金融機関と当座貸越契約を締結して相当の過振のうえに差し迫った資金繰を必要としていた道央水産食品株式会社および株式会社道央水産ビルディングのため右過振を補填しつつ一時をしのぐ意図のもとに昭和四一年春頃から始められたもので、その具体的な段取手筈については、道央水産食品株式会社の総務部長で兼ねて株式会社道央水産ビルディングの常務取締役の地位にあった武田庄司と小樽信用金庫札幌支店長(同支店の前身である小樽信用金庫札幌地区推進委員会当時は同委員長)であった佐藤公明との話合で取り極められてあったが、被告人両名による本件預金手続に際しては右武田庄司から越後孝夫および村田新一郎を介して預金の導入ないし導入の媒介を頼まれた小林正雄がその衝に当り、被告人らは執れも武田庄司とも佐藤公明とも面識すらない儘に終ったこと、以上の経緯が認められる。而して、原判決は、右経緯の外形の大筋はこれを認めるのであるが、被告人両名が右預金手続の前後に関連して接触した唯一の人間である小林正雄から被告人らに対して預金に見合う融資を受ける前記会社の名称や武田庄司という者の氏名が告げられたと認めるに足る証拠はなく、従って被告人らにおいて預金に見合う融資を受けるべき特定の第三者の個別具体的認識があったとは認められない以上、被告人らと特定の第三者との間に直接にも間接にも意思の疏通のありえよう筈がなく、預金等に係る不当契約の取締に関する法律第二条第一項にいう「特定の第三者と通じ」たものに該らないとするほかないというのである。

しかしながら、右法律は情実融資ないし不良貸付と必然的に結び付き金融機関の資産内容の悪化を招来する不当契約を刑罰を以て禁遏し以て金融機関の健全経営を志向するもので、預金者がその預金に見合う第三者への融資の故に正規の預金利子のほかに謝礼ないし裏利など特別の金銭的利益の入手を図りながら、その預金が実質的には右第三者への直接投資の機能を営むにも拘らず自らはその危険を負担することなくこれを回避して金融機関に転嫁したうえ、自らは金融機関に対する預金払戻請求権という安全確実な立場を確保しておくという、いわば虫のよい役割を演ずることによって金融機関の健全性を損なうに至るということにかんがみ、右法律第二条第一項が預金者の斯様な所為を禁止したものと解されるのである。右法律の目的ないし右条項の趣旨を以上のとおりと解し、なお右法律第二条第二項の存在をも念頭におけば、右条項において預金者が「特定の第三者と通じ」というのは、必ずしも直接の意思疏通あることを要せず導入ブローカーなどの媒介者を介して間接順次の意思疏通あるを以て足りると解してもよいであろうし、後者の場合預金者が特定の第三者の具体的個別的認識を有していることは必要でなく、唯、特定の或る第三者が存在することを知っておれば足りると解すべきではないかと思料される。けだし、預金者は特定の第三者と格別の関係のある場合を除き、通常は預金元利金の確実な回収とできる丈高率有利な謝礼ないし裏利を入手することが目的であろうし、この回収ないし入手と関係ある限度以上に特定の第三者についての情報には関心を持たないのが一般であろうと思われるので、極端な場合には右の前者の場合乃ち預金者と特定の第三者との間に直接に意思疏通ある場合にも、なお具体的個別的認識の充分でないことも想定できるのであり、殊に、所論指摘のように、導入ブローカーなど媒介者の介在するとき関心の如何により偶々具体的個別的認識を欠除することもあろうし殊更に右認識を遮断することによって責を回避せんとすることも考えられるのであるから、かような不均衡を齎す解釈は到底採り難いばかりでなく、所論のように特定の或る第三者の存在することを知っておれば足りると解してもなんら文理的に矛盾をはらむものでもなければまた誤った拡張解釈というにも当らないからである。

然りとすれば、原判決が右条項の「特定の第三者と通じ」との文辞の解釈につき、その第三者の個別的具体的特定につき預金者において主観的認識あることを要するものとしたのは、まさに所論主張のとおり右条項の解釈を誤ったものというほかなく、原審取調の証拠によると、被告人らにおいて小樽信用金庫札幌支店などから融資の便益を受ける前記会社の名称も武田庄司なる者の氏名も知っていたとは認め難いことが原判示のとおりであるにしても、少くとも、被告人らは小樽信用金庫札幌支店などに預金することによって融資の別益を受ける特定の第三者のあることはこれを承知していたことが明白であるから、右解釈の誤が判決に影響を及ぼすことが明らかというのほかなく、論旨は理由があり原判決は破棄を免れない。

よって、本件控訴は理由があるので刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八〇条により原判決を破棄したうえ、同法第四〇〇条但書により当裁判所において更に次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人松川浩子はその親族松川喜久、松川鶴子と共に相当額の遺産を相続しその管理を目的とするチトセ興業株式会社の代表取締役の地位にある者、被告人大井サダヨは右会社の渉外経理など全般の責任者として使用されている者で、予て被告人松川の友人矢野英子を介して面識を得た金融業者小林正雄の斡旋で昭和四〇年秋頃から信用金庫などにいわゆる導入預金をしたことがあり孰れもその仕組を知っていたものであるが、昭和四一年春頃道央水産食品株式会社総務部長兼株式会社道央水産ビルディング常務取締役武田庄司と小樽信用金庫札幌地区推進委員長(昭和四一年一二月から同信用金庫札幌支店長)佐藤公明とが相談のうえ右両会社の資金繰のため始めた導入預金の一環として、武田庄司から越後孝夫、村田新一郎を介して小林正雄に預金導入の依頼があり、同人から被告人らに対してその趣旨が伝えられるや、被告人両名は共謀のうえ、昭和四一年八月一五日頃から昭和四二年八月四日頃までの間、別表記載のとおり前後三回にわたり、札幌市手稲東二一小樽信用金庫西野出張所あるいは同市北四条西二丁目同金庫札幌支店などにおいて、小林正雄を介して武田庄司と通じ正規の預金利子のほかに特別の謝礼金ないし裏利などの金銭的利益を得る目的をもって、右金庫札幌地区推進委員会または右金庫支店を相手方として、各預金債権を担保として提供することなく右金庫委員会もしくは右金庫支店が道央水産食品株式会社もしくは株式会社道央水産ビルディング(昭和四二年四月からは株式会社道央ビルディング)に資金の融通をすることを約して各預金をし、以て当該各預金に関して不当な契約をしたものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(法令の適用)

預金等に係る不当契約の取締に関する法律第二条第一項、第四条第一号、刑法第六〇条、第四五条前段、第四七条本文、第一〇条、第四八条第二項、第一八条、第二五条第一項。

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 深谷真也 裁判官 小林充 木谷明)

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